人間は自然の一部、生物生存の原則を守るべし
ここ日本、大和の国に予言されし大調和科学生まれる!


 環境、食料、エネルギー問題に加え、人心の荒廃ら昏迷の度を増すばかりです。今地球は過去にない大きな生命の危機に直面しています。かの「アインシュタイン、サハロフが融合の世界をハンドリングするゼロと無限の正体を明らかにする科学者が必ず出現し、その未知の科学を用いて、人類を救済し、メシアとなる。私達はその出現を予言することはできるが、残念ながらその入口にすら到達していない」と言いました。その科学者こそ高嶋康豪博士その人なのです。

「素粒子物理学」「情報微生物工学」「分子生物学」「情報生命工学」

博士の数々の至宝の言葉の中で一つでも貴方の魂に響けば、必らずやこの科学を理解することができます。

・相対から絶対へ          ・直線から曲線へ        ・直接的から間接的へ
・ケミカルからロジカルへ      ・解析から創造へ        ・確率的から一意的へ
・偶然的から必然へ         ・現実的現象から可能性の総体へ ・できごとから相互作用へ
・作用側定値から作用素的波動関数へ ・実数から複素数、虚数へ    ・現象から実相、無相へ
・有限から無限へ

 

あ・うんユニットの科学技術としての説明

微生物は、生きていく環境の違いから好気性菌という酸素を好むもの、

もしくは酸素がないと生きていけない菌類と、嫌気性菌という酸素がなくても生きていけるもの、

もしくは酸素があるといきていけない菌類、

それから両方の性質を持ち好気性菌類と嫌気性菌類をつなぐ役割を持つ通性嫌気性菌類の

大きく分けて三種類に分類されます。

 

 今までの微生物学では、単一微生物培養法というシングルセルモノカルチャーという世界でしか

見ていませんでした。しかし自然界では微生物は何万、何十万という種類が一緒に共存し

さまざまな生命活動と情報活動をしているにもかかわらず、人為的にやろうとすれば

好気性菌類と嫌気性菌類は共存出来ず、拮抗という作用でどちらかが死滅するということになります。

 

 複合発酵の科学技術は、この三種類の菌類の酸化・腐敗を断ち切り、

発酵~分解~合成という還元作用と酸化と還元が同時に存在する抗酸化作用のみを起こさせ、

微生物の持つ機能と基質と情報を利用し、発酵法、増殖法、誘導法を駆使し、

すべての微生物を共存・共栄・共生させます。

そうすることにより微生物の死滅がなくなり、1ccあたりの生菌数が飛躍的に高くなり高密度化すると、

微生物融合と微生物酵素の高濃度化による酵素結合結晶を生じ、

代謝と交代による物質触媒とエネルギーの置換と交換によるエネルギー触媒を生じ、

あらゆる物質をプラスチャージに転移させることを可能にしたのです。

 

まず、第一に大切なことは、排せつ物を出来るだけ新鮮なうちに処理を開始するということです。

屎尿は体内から出るとすぐに空気中の菌と接触します。すると、有害菌が取り付き酸化・腐敗が始まります。

それを防ぐため、排泄物の処理が直ちに始まるようトイレから あ・うんユニットへ直接配管でつないで、酸化・腐敗が始まる前に発酵へ誘導します。

 

 最初にし尿が入ってくるA槽においては好気性発酵微生物が働き出しだします。

好気性発酵微生物とは酵母や乳酸菌類などであり、アミノ酸や糖類、ビタミン、ミネラルなどの

生理活性物質を造り、大腸菌や糸状菌、雑菌などの好気性有害菌を浄菌・抑制し好気発酵が始まります。

 

 好気発酵では主に有機的物質の処理が行われますが、処理が始まると直ちに悪臭がなくなり

物質が液状化され、さらに分解されて微生物たちに取り込まれていきます。

 微生物たちは取り込んだものを自分たちのエネルギーに変換し代わりに酵素を出します。

また、微生物たちは酸素も放出するため、タンクの上はマイナスイオンが漂うイヤシロチへ変身します。

(これを地底光合成と言ます。光の無い暗い所で植物の光合成と同じ事が起こるのです。)

 

 一日のうち一回ブロワーを停止すると、槽の中で微生物の凝集が起き微生物たちは下へ沈降し、

上が酵素水に分かれる固液分離という現象が起きます。

下に沈んだ微生物たちは、一番上は好気性菌が主な発酵系微生物群、

その下は好気性菌と嫌気性菌が共存した発酵合成系微生物群、

一番下は嫌気性菌が主な合成系微生物群というように各層ごとに住み分けています。

A槽では一番上の発酵系微生物群が優先している状態で、一番下の合成系微生物群はわずかな状態です。

 

 これらの微生物たちの優先具合により酵素水は第一段階の機能と基質と情報を獲得し、微生物たちへ次の役割の指示を出し、役目がバトンタッチされ微生物たちは役目に応じた配置を作ります。

乳酸菌が通性嫌気性乳酸菌へリレーを起し、好気性菌類と嫌気性菌類が共存した

発酵合成系微生物群が優先した状態に変わっていきます。

 

 それにより、放線菌が抗菌物質を造り、細菌・病原菌・ウイルス・リケッチャー等の嫌気性有害菌を浄菌し、嫌気発酵が始まります。

 これが、複合微生物群が共存・共栄・共生出来る合成・融合の情報を伝える複合発酵の誘導法です。

 

 われわれのし尿の中には有機的物質のみならず無機的物質も含まれています。嫌気発酵が始まると、この無機的物質の処理が始まります。

 発酵合成系微生物群も無機的物質をエネルギーとして取り込み、代わりに酵素を出します。

 ブロワーを停止し微生物の凝集と固液分離を起させると、さらに強い生命情報とエネルギー情報を持った複合発酵合成酵素水と言うエナジー水になります。

 このエナジー水を農地にまくことにより、土の中で寝ている仮死状態の80パーセントから90パーセントの微生物群を目覚めさせ活性化します。

 これにより土壌発酵という理想型の土作りが出来、肥料や農薬に頼らない安心安全で医食同源な食糧生産が出来るようになります。

 

 エントロピーをエネルギー化出来る技術は複合発酵法しかありません。

技術というものは科学的説明と再現性がなければ技術と言えません。

偶然に結果が出ただけでは世の中に広げることはできません。

 この技術こそ、これからの人口増加に耐えうる食糧生産を可能にし、さらに水資源問題や環境問題おも解決できるものです。

 

(今まで多くの方が、トイレ合併槽へ菌を投入して浄化を試みたが成功したためしはありません。どうぞ実験してみてください。今のバイオトイレを調べれば明らかです。人間の排せつ物を瞬間に無臭にし、消失するのは複合発酵あ・うんユニットのみです)

 

複合発酵あ・うんユニットとは
  46億年前の濃硫酸の海に突然バクテリアが発生し、悠久の年月を経て水の惑星に変えました。又人間はじめ、全ての生命体を生みだしたのは微生物の進化の過程からでした。
 今日の全ての命あるものは、共存・共栄・共生の循環の輪の中に、全て組み込まれています。従って今日の地球・人類のかかえている問題の解決は微生物の生命科学をおいて他にありません。
 この事は皆さんご理解頂けるもの思います。
 
 偉大な生命科学の生み出される土壌は、四季のある自然豊かな日本だからでしょうか。その最も重要な微生物のテクノロジー、つまり生命科学の最高峰が複合発酵技術なのです。
 
 簡単に言えば他の微生物技術は単一微生物を使ったり、数10種類を使った単発酵技術なのです。自然界の数万種の菌群の中に単一微生物が入って行ったら、たちまち拮抗作用を起こして駆逐(負けてしまう)されてしまいます。それに対して複合発酵は自然界に数万種いるといる微生物全てを共存・共栄・共生させる複合発酵技術なのです。
 
 理屈はこう言う事なのですが、真実は私の農場にあります。豚の悪臭のない養豚場であると同時に、人間のトイレも一切の悪臭はなく、むしろさわやかな高原のような空気につつまれているのです。
 これは、地底光合成と言いましょうか、あの暗い発酵槽の中で嫌気性菌の嫌気発酵によって植物の光合成と同じ現象が起こっています。つまり、アンモニア臭の悪臭が高原のさわやかなマイナスイオンの酸素に変わり隣接した雑木林は霊気に満ちて森林浴の場になっています。そこにいるだけで体調が良くなる不思議な場が出来ています。
 それは汚泥が消える、放射能が消える、物質がエネルギーに変わる、悪が善に毒が薬に変わる。以上のどんでん返しが起きているのです。
 
 我々は難しい学問を戦わせる必要は全くありません。あるのは事実だけです。複合発酵には大自然界の真実があります。貴方の目で確認して下さい。その一言に尽きるのです。
 もっとも大切な事は何をするか、何をしたか、何を残したかです。問題解決のための具体案を出して具体化し、結果を残す事なのです。
 
 それが複合発酵あ・うんユニットなのです。皆さんどうか今、何をするべきか良くお考えになり、答えが出たら行動に移しましょう。
複合発酵あ・うんの会
会長  柳田繁吉
 

 

以下参照、環境浄化技術は我々の“複合発酵あ・うんユニット”

 

  この地球という物質世界へ天下ってきた我々は、天の光の本源の姿をこの物質世界へ現わさなければならないのです。私たちは皆その天命が有り、おのおのにその使命があります。
  このホームページのトップ画面の富士山は日本の象徴であり、世界の中心なのです。世界中のお山で、これほどの美しくも気高い山は他にありません。その姿は大調和そのものの姿であり、それを具現化する使命が我々日本人にあるという事なのです。

 その科学が複合発酵であり、その系譜は江戸時代の高僧白隠禅師にさかのぼり、白隠が我々の精神的支柱なのです。白隠の達磨画が白隠の象徴でもあり、富士のお山と白隠の達磨が我々の根本理念であり、のその具体的方法が“あ・うんユニット”なのです。

   大事なことは何をするか!何をしたか!何を残したか!です。つまりこの世では、いくら素晴らしい事を考え説いたとしても具体的形 に表わさなければ何もしない事と同じという事を言っているのです。我々はあ・うんユニットという誰でもでき三拍子そろった形で提供しています。
  この地球という物質世界は微生物が全てのすべてだという事は何度も説いてきました。その微生物技術の中、我々の複合発酵こそ唯一の技術である事を具体的にお伝えします。

  福岡正信師の自然農法、奇跡のリンゴの木村さんの自然栽培、アナスタシアのダーチャも行きつくところは複合発酵なのです。なぜ か?解りやすい話ですが、木村さんもアナスタシアも貴方達の家庭からでる排出物、特にトイレの排泄物をどうしますか?身近な問題から解決しなければなりま せん。先ずはそこの問題を解決しなければ“達磨を描いて目が入らず”先人の教えに“物事は近くから遠きへ及ぼせ”と言うのがあります。
  トイレの糞尿が全くにおいがなく、汲みだしが不要なトイレはどこにもありません。あるなら教えてください。その次に、
ただ汲みだしが無くなるだけでなく、その後の処理水が素晴らしいエネルギー水となり医食同源の植物・健康野菜をつくり、大地へ散布すれば環境浄化に偉大な力を発揮します。

 そのエネルギー水は木村さん、アナスタシアの目指す事を格段に進化させ融合して日本の天命を果たし、世界人類に希望の灯をともすのです。木村さん、アナスタシアの素晴らしさを解る多くの理解者の皆さんに、貴方もできる具体的方法をお伝えしたいのです。

  今、当会の技術部門において素晴らしい菌床が出来るようになりました。この菌床と時を同じくして待望のあ・うんの装置の最後の仕上げの光合成槽もでき ましたので、この装置から出来る宇宙エナジーの深山幽谷の大自然水は飲用可能(トイレの排出物が飲用可能な技術は世界中どこを探してもありません。アナス タシアの生命情報をもった水なのです)で、今後如何ほどの力を発揮するかこれからお伝えしてゆきますので、今後を楽しみにしていてください。

                                                           あ・うんの会   柳田繁吉

 

高嶋康豪博士・『蘇生回帰の科学』より  エントロピーをエコロジーへ
ニューサイエンス(虚数と複素数の科学)
インテリジェントテクノロジー(作用素的波動関数の技術)
音・光・水はニューエナジーの3大要素

        環境微生物学博士
        髙嶋 康豪



Ⅰ.序論 <2010/08/15>

 今日、地球上の人間及び生物のあり方は、環境問題、食糧問題、エネルギー問題を基軸に人口問題と並列し、危機的な状況にあることは皆様ご存知のとおりである。
本来「人間は自然の一部であり、自然なくして生物の生存はありえない」というのが自然科学の根本であった。
しかし、相対科学、相対性科学のテクノロジーという名のもとによる統計学的解析科学のなれの果てに、自然に立ち向かう(相対性)人間界を造り出してしまったことがすべての矛盾のはじまりであり、今日の危機の元凶である。
 
 これによって統計学的デジタル及びケミカルな科学をもって合理性と便利性の追求のみがテクノロジーとして優先され、質的、情報的、ロジカル的でファジーな、またアナログでインテリジェントな自然界の持つ本質の部分が無視され、
「生物の生存の原則を守る」ことが崩壊してしまったのである。
この危機を回避し、地球環境とすべての生命を救うためには、創生から蘇生へ、エントロピーをエコロジーに、デジタルからファジーへ換える『蘇生回帰の科学』が必要なのである。
 
 地球環境救済のためには、地球生命を耕すという分子・原子・粒子・素粒子レベルの動態系ランダム科学によるインテリジェントバイオテクノロジーとインテリジェントハイテクノロジーの持つ究極で根本的な情報触媒とエネルギー触媒を
用いた大宇宙物理と素粒子物理の接点の科学が究明、開発され、情報開発工学と生命工学が融合(フュージョン)し、
その科学の台頭をもって 『Bio-Culture』 という世界に行き着くのである。



Ⅱ.「環境」とは? <2010/08/16>

 最初に「環境」について述べることとする。
地球環境生物界は大きく分けて、地圏、空圏、水圏の3つの圏に分けられるが、水と微生物によってエネルギー触媒と情報触媒を基軸に、それぞれが相互依存の関係にある。
地圏は山野、大地の土壌そのものであり、空圏はすべての気体、ガス、大気であり、水圏は河川や海洋などを指している。
それぞれは地球生物界の環境を、太陽、大地、大気を基軸に、水を媒体にし、エネルギーと情報活動が相互に関連しあい、微生物を通じて情報の置換、交換(ハーモニー、共生、情報触媒)と、太陽や月の光及び大宇宙の素粒子(ニュートリノ等)や原子核から転移、変位、昇華(消失)するエネルギーの置換、交換(エネルギー触媒)と、すべての気体を培地とすることが、輪廻転生という地球生物の環境状態を創り上げ、そこには『蘇生回帰』という真理の法則が存在しているのである。

 しかし、このサイクルが矛盾を生じ、生物界全体の生命活動とエネルギー活動と情報活動が崩壊しつつあることに今日の問題のすべてがあるのだ。
今日の環境破壊は、水をあらゆる生物の苗床として見るという科学的視点が欠けていることから起きている。水を汚染することで生物の生体内において染色体及びDNAを傷つけ、生物界の情報接合に悪影響を与え、生態系を破壊するのである。

つまり「エコロジーとは、生物界そのものが自然であり環境である」ということの捉え方ができていないことに問題の本質があるのだ。

 

Ⅲ.「環境」と「微生物」の関わりについて
<2010/08/17> 

 そもそも、地球は50億年前に誕生した惑星で、それから10億年後、つまり今から40億年前には微生物の誕生が確認されている。
最初はDNAを所有しない生命体が現生し、それがDNAを獲得したことで微生物となり(化学光合成微生物、光合成細菌等)、この最初の微生物の誕生こそが、地球の生物界の原点であり、今日までの40億年間の生物の源である。
当時、地球の大気は600℃、大気中には酸素はなく、電子、熱エネルギー、放射線、γ線、X線が飛び交い、陸は鉱物マテリアル、無機物のみで有機物はほとんどなく、海は濃硫酸等々、今で言うエントロピー(汚染物質)の世界であった。
その時現生していた微生物群にとって、まさにこのエントロピー空間こそが快適な世界であった。今日までの40億年間のすべての生物界は、遺伝学的進化論においても、この原点の微生物群のDNA(遺伝子)が組み込まれており、それ以外の何ものでもないということをご認識、ご確認いただきたい。


 なお、人間の生体内においても、約70%の水とともに約60兆の細胞と約100兆の微生物群が共存、共栄、共生している。
また、南米のアマゾン川流域で、人間が片足を踏めば、その片足のスペース内には、地球上に存在する60億の人間より多くの数の微生物群が生存している。
従って、地球生物界の微生物群の数は、天文学的数字を上回る大宇宙的規模であり、その生命活動と情報活動は、無限に等しい情報性とエネルギー性を共有している。
なお、地球大陸の創生は、化学的風化の主人公であるすべての微生物であり、この肥沃な大地を創出したのである。
また、土壌微生物によって植物を生産し、また動物界等、全生物界においてすべての生命活動の司りは、この微生物群の共存、共栄、共生によるエネルギー活動と情報活動によって出来上がった世界である。
すなわち、これこそがエコロジーの原点のすべてである。

 
 今日まで40億年間の生物界すべてを物語るのに、単一生物及び単一微生物の世界では語り尽くせない、広大で深淵な世界である。
本来、地球生物界において、本能的に感応の世界を基軸に生物ラングイッジとDNAラングイッジを用いて、真の生命活動と情報活動を行っている。
この生物界の苗床において、微生物による物質的代謝と交代、またエネルギーと情報の置換と交換による転移、変位、昇華(消失)、分解と合成と融合、それらによる機能と基質と情報性こそが、地球生物界のロジカルな科学の原点である。
 
 以上のことから、地球生物界、地球環境問題は微生物群達抜きに語ることは不可能であり、この認識及び確認こそがエコロジーの出発点なのである。
つまり、地球生物の環境は、生物界全体の生命活動(エネルギー活動、情報活動)の循環とハーモニー(共生)の営みをエコロジーというのであって、環境問題は即物的な物質及びインフラの問題ではなく、生命科学、生体科学であり、その中心をなすのは、微生物群達のエネルギー触媒と情報触媒なのである。

その法則は大きく分けて、  
1.太陽及び宇宙エネルギー(光、熱、光子、粒子、素粒子等)
2.水(すべてのエネルギーの媒体であり、有機と無機を結び、生物の誕生の苗床である)
3.大気及びガス(気体はすべての生物の培地である)
4.微生物(機能と基質と情報性によるエネルギーと情報触媒)
 
この4つのサイクルこそが、地球生物界全体のエコロジーと環境の根本と基軸であり、これ以外はあり得ないのである。
よって、エコロジーの原点は「環境と微生物」であり、そこで私は、「環境とエコロジーは『Bio-Culture』」と提唱した所以なのである。




Ⅳ.動態系ランダム科学とニューサイエンス <2010/08/18>

 動態系ランダム科学とニューサイエンスについて、私の所見を述べさせていただくならば、21世紀からの1000年の間に、統計学的解析科学から動態系ランダム科学に移行することは必然の理、当然のことといえるであろう。
なぜならば統計学的解析科学は、99.999%行き着いてしまい、今やその科学のなれの果てが全世界のエントロピーの元凶であることがまさに明らかになり、新しいステージの科学が求められ、それこそがニューサイエンスの誕生であるからだ。
そのためには、下記のような時間軸と空間軸のスケールの観点と視点を基軸にした科学が究明、開発され、雨後の竹の子のように自然発生することと考えられる。
 
 1. 相対から絶対へ 
 2. 直線から曲線へ 
 3. 直接的から間接的へ 
 4. ケミカルからロジカルへ 
 5. 解析から創造へ 
 6. 確率的から一意的へ 
 7. 偶然的から必然的へ 
 8. 現実的現象から可能性の総体へ 
 9. できごとから相互作用へ
10. 作用測定値から作用素的波動関数へ
11. 実数から複素数・虚数へ
12. 現象から実相・無相へ
13. 有限から無限へ
etc......

 以上のような原理と法則を持つ科学の台頭をもって、21世紀以降の人間社会の科学の基軸が移行して、共存、共栄、共生という循環を基調とした世界に変わっていくことであろう。
   

 今日の人間社会を鑑みると、矛盾とエントロピーを生みだした原因は、すべてのシステムとエネルギーを物質的かつ形状的にとらえる相対的科学を用いた統計学的解析に収めようとしたところにあった。
この直線的思考回路の最大の問題点は、科学のパラダイムの決め方にある。
この科学体系の基盤は、理論の組み合わせのみで構成され、研究の対象範囲と理論体系と研究手法の構築のみに明け暮れており、このことが、事実よりも証明を重んずるという不幸な結果を生みだしているのである。そのことを統計学的解析科学といい、あらゆる分野に対し、即物的な生物不在の無能な管理システムを生み出している原因なのである。

近代科学の英雄、ルネ・デカルトのパラダイムが確立されたからである。
複雑な問題を直線思考にしたのが、デカルトの「二元論」である。
この客観的表現は「要素還元主義」と言い、自然を有限とし、唯物(物質の世界)と唯心(意識の世界)という二つの世界に分けてた。
このことにより、「物質的世界観」「機械論的世界観」を用いた科学が台頭してきたのは当然のことである。


植物も動物も機械もすべてケミカル、デジタル、システムという同じ次元で取り扱っている原因もここにある。
物理の英雄ニュートン、経済の英雄ケインズによって集大成された現代の管理社会は、人間と神(自然)を分けてしまったキリスト出現以来2000年間の科学と社会と宗教の在り方すべてが、以上の主観と主義により輩出されたのである。
 
 これらは分裂のエネルギーを利用し、優勝劣敗の理論を用い、勝者と覇者のみを残し、敗者と劣者を切り捨てる「至上主義」という史観を持ち、淘汰というベクトルとファクターのみを用いてきたのである。
その結果、敗者と劣者がエントロピーとして排出され、矛盾を生じさせ、蓄積してきたのだ。
 
 従来の解析科学は、「1+1=2」「y=(物質軸)、x=(時間軸)」「時間と距離と質量が一定である」「すべては直線から始まる」「原子核が一番小さなものである」などの思考性と作用性から生まれたものである。
しかし、自然界、大宇宙においては、以上のような理論は極一定のスペースと時間のみに限り、自然界の本来の法則とは逸脱した限定的な科学である。
自然の原理原則は、「大宇宙物理」と「素粒子物理」との接点に本質があり、光粒子、粒子、素粒子、トップクオークのように原子核よりも小さなものが宇宙すべてを支えているのである。
その本質の中にある情報とエネルギーは、すべて直線ではなく、曲線のみである。
 
 自然界においては、有機も無機も植物も動物も機械もすべて、物質軸はx軸に並列的に配列される。
時間軸の中に、ベクトルとファクターが同調点を持つ共振共鳴波動を起こし、y軸として中心をなすのである。
y=(時間軸)、x=(物質軸)となり、従来のデジタル、ケミカル、システム等による区別区分と特定のみの科学(位置が一定、運動が不定)から、従来とは違う本質的なエネルギーと情報の作用によるロジカルな動態系ランダム科学(位置が不定、運動が一定)に移行するのは必然の理、当然のことである。
  

  今やこれらの科学とテクノロジーのなれの果てに、「分裂」、「二元論」、「相対科学」こそがエントロピーの源であることがまさに明らかになったわけである。
なぜならば、例えば、工場の廃液、社会生活における排液、廃棄物、エネルギー生産のための化石燃料から発生するCO2、原子力発電から出てくる放射能、車のエンジン燃焼による排気ガス、電気使用によって出る有害電磁波等、この相対的科学、分裂の運動を用いた結果により、エントロピーという矛盾を排出しつづけてきたのだ。
 また、政治においては、主義、主張、イデオロギーにより対立と抗争の様相を呈し、コミュニズムもソシアリズムもデモクラシーもこれらの理論から成り立ち、人類救済の根源にはなり得ず、なおかつ、宗教も優勝劣敗の理論のみによって、政治と同様、対立と抗争の様相を呈している。
この2000年の歴史のエントロピーは当然のことであり、矛盾を正当化するのみに明け暮れてきたのだ。
即物的で観念的な生物不在のこのステージの上に人類の目的と価値と幸せはもはや何もないことが証明されたも同然である。
 食糧、化石燃料を武器にして、政治、軍備、情報、金融を操作し、戦略的な思考により世界の支配的管理システムを生み出し、また、マスコミは享楽、快楽、懐疑主義の増長に明け暮れ、政治はニューディールによるインフラシステムのみになり、生物不在な拝金主義の物質システム社会のみになり、本来の共存、共栄、共生という地球生物環境の持つべき本質からすべて逸脱している現状である。


 
 ここで21世紀以降の科学の台頭は、支配化のできない自然の持つ本質的情報とエネルギーを直接的に使用し、矛盾のない、エントロピーのない、また、私物化できないファジーでアナログなものに変貌し、進化をすることであろう。
これこそが進歩より進化の必要性であり、支配的史観からエコロジーな史観に転ずることである。 

 環境問題、エネルギー問題、食糧問題はすべて人口問題と並列する。
今日現在58億人強の人口が、21世紀半ばには100億人を突破し、21世紀後半には180億人と言われているが、これまでの科学技術によるシステムと政治と宗教ではエントロピーの増大により、ヨハネの黙示録の予言のように崩壊することであろう。
 そこに自然の超情報性とエネルギー性を持つ動態系ランダム的な『蘇生回帰の科学』が台頭し、矛盾のない共存、共栄、共生可能な無辺で無相な恒久的エネルギーと情報を用いた新たな時代を迎えるのである。
そのようなことを可能にできるという意味で、私の科学技術がその予言と予知と実証をしているということをご理解いただけたら幸いである。
 
 21世紀より1000年の扉が今開かれる。西洋のヨハネの黙示録で終わるのか、2000年から3000年までは東洋の思考性の持つ「無(moo)=0」、「空(ku)=∞」から生ずる無辺で無相な蘇生回帰になりえるか、今や人類が大きな岐路に立たされているのではないか。
私は人類の進化を信じ、人類の未来に期待している。
未来の中にある原理原則は「真理は万法(邦)に通ずる」というがごとく、真理の『元極論』に収められることであろう。
 
 このたび、私が20年間にわたり研究と実証してきた結果は、すべて事実から生じ、事実のみによって証明し公開されたわけである。
このような動態的、またランダム的科学は必ずや台頭し、すべての問題点の解決の源となるのである。
 科学技術は直線的思考ではなく、デジタル的知識でもなく、信仰にも近い智慧の領域である。
明日の未来の人類の幸せを願って止まない。

 繰り返し申し上げるならば、従来の統計学的科学は、デジタル・ケミカルな考え方、及び解析における証明に明け暮れたことは周知の事実である。
統計学的科学と相対的科学の持つ限界は、既に賢人にとっては、「行き着いてしまっている」と気付きながらも、今日までの2000年の歴史と社会秩序と価値の判断の源が、すべて上記の基礎の上に立たされているため、進化もまた否定もできないわけである。
 
 例えば、アインシュタインの核融合・核分裂という法則たりとも、太陽の中の自然の営みであり、また、ソーラーシステムの光エネルギーも自然界の原理原則から成り立っているのである。
すべて、学問・科学は、自然界に潜む原理原則を証明するための道具にすぎないのに、科学が目的で事実が道具と化したのは、人類にとって大変不幸なことである。 

 なお、ほんの一例を挙げれば、植物の葉の光合成の作用について、粒子、素粒子レベルのエネルギーの作用まで判明すれば、今の数千倍、数万倍の発電効果を得られる。
まだまだ自然界に潜む未曾有な原理原則は、何一つ明かされていないのにもかかわらず、人間界の直線的思考回路と観念的思考性の驕りのため、解析と証明にすぎない物質科学のみが台頭しているのである。 
 「位置が一定、運動が不定(運動力学)」「時間と距離と質量が一定」、この算数にも近い低レベルな、極一定のスペースと時間軸のみの科学の「得」と「利益」にすがる今日までの政治家、宗教家、科学者、経済家等は、すべて執着の観念から生まれた進歩と淘汰という「至上主義」を正義と称しており、その結果もたらされる偽りは、競争と観念的安定という管理社会システムの構築を謀ってきた。
その輩は、それが虚像であり、虚偽であることを認知し、その恥をもって知るべきである。
私から言わせていただければ、現況の上記の人物達は、己の懐疑と執着と虚偽に対する正当化のみに明け暮れたことに対して、謙虚に懺悔と反省をするべきである。
それから初めてやり直しが可能となるのである。 
 
 
然るべき賢人は、自然には直線がなく、曲線のみであると提唱している。例えば、スペインのガウディは、「物質界すべて横軸で、本来時間軸は縦軸である」と予言し、砂時計の袋を縦に吊し、時間軸が縦軸であることを象徴的にデザインの中心にした。
故にガウディも、上記のことに警告を発していたのである。
本物の科学者、聖人、及び芸術家は、すなわち学問的「真理」、道徳的「善」、芸術的「美」を会得した人々は、異口同音にこのことの警鐘を連打しているのである。 
 また、アメリカ大陸は白人至上主義によって占領されたが、当時の聖人たる現地の酋長は、白人の大統領に対し、「あなたがたの神と言葉は石に刻まれる、我々の神と言葉は心と魂に刻まれる」と名言を発している。 


 以上のように優勝劣敗による競争と淘汰の理論から生まれる至上主義に対し、もはや警告の域では、人類の崩壊と黙示録は目前である。
この数百年の歴史も、白人至上主義から生まれた文明正義主義の名の下に、アジア・アフリカ・南米等の侵略が行われてきた歴史である。
このことを史観と称するのである。 
 現在の社会システムの構築をなす、食糧・エネルギー・情報・金融・教育・福祉・軍事・政治等すべてにおいてこの法則が用いられ、今やこれら「相対科学」、「二元論」、「観念論」、「要素還元主義」、「機械的世界観」、「物質的世界観」、「解析的科学」等を不必要、無価値にする科学の台頭こそが、根本解決である。
 

 従来の科学を用いた民族、人々は、懐疑と分裂に優れており、争う度に正直者が馬鹿を見てきた。
そのような輩を無価値にし、相手にせず、争わずに勝つことこそが、真の勝利であり、進化なのである。
主義、主張、イデオロギー、科学、宗教、政治、経済すべてが自己主張と自己弁護のみであり、このような史観と現象を断ち切り、智慧と進化の原理をもって原点回帰をさせることが、我々人類にとって最も重要なことなのである。
 
究極、結論は『蘇生回帰の科学』、『元極論』に尽きる。
なぜならば、大宇宙と素粒子の接点は、無相で無辺なエネルギーと情報であるために、私物化できず、嘘と矛盾がないからである。
この大宇宙と素粒子の接点である、恒久で矛盾のない情報とエネルギー触媒については、21世紀以降の1000年間において、ロマンと夢と智慧を持つ科学者、芸術家等によって明らかにされることであろう。
  それは、真の信仰にも近いものである。
そこでは、食糧とエネルギーが無償で無尽蔵となり、砂漠化された大陸が緑化及び農業用地化され、また、何一つ争いのない、共存、共栄、共生(ハーモニー)と循環を基調とした、矛盾のない共和制を持つ社会が誕生することであろう。
そのためには、例えば、音楽家のバッハ、モーツアルトのように、自然(神)と会話のできる卓越した科学者、芸術家、指導者の出現が最も大事である。
 

 このたびの私のインテリジェントバイオテクノロジー、「複合微生物動態系ランダム科学における複合発酵(情報微生物工学、情報生命工学、分子生物学)」は、無から有を生む接点、エントロピーをエコロジーに切り換える、 フリーラジカルをフリーエネルギーに転移する、すべての情報とエネルギーを粒子、素粒子、電子、放射線等の原子核より小さなもののエネルギーと情報の触媒を生じさせることにより、上記の現象を証明、実証したのである。
さらに、私のインテリジェントバイオテクノロジーは、「有機と無機の会話」、「生物と無生物の会話」の接点を科学化したもの、つまり、情報開発工学と生命工学の融合であり、すべて物質軸を横軸に並列化したところにある。
 相転移はすべての時間軸を縦軸の中に収め、その中にベクトルとファクターが同調点を持ち、共振共鳴波動(複素数及び虚数による作用素的波動関数)を生じさせるということが最も重要なのである。
よって「位置は不定、エネルギーは一定」であり、恒久的で無相、無辺なエネルギーと情報触媒を使用することである。
戦わず、進化をもって、真の勝利がもたらされることを予言と予知と実証をした科学であり、その一歩であり、そのひとつであることをご理解いただければ幸いである。

 私は今後の科学のあり方について、解析よりも創り出すことが、このことの究極の解決であると考えており、西洋の帰納法よりも東洋の演繹法を重んじることが大切なことで、証明よりも事実が先なのである。
目的は事実であり、証明は道具と手段にすぎない。よって、学問・科学というのは、自然の奥に潜む原理原則の証明の道具でしかなく、目的は事実と自然(神)である。 


以上のことから、21世紀以降の1000年間、2000年から3000年までは、人類が自然の奥に潜む原理原則に近づき、大きくステージが変わる世紀である。
この原理原則に従った科学技術が人類地球の役に立ち、なお、「動態系ランダム科学とニューサイエンス(蘇生回帰の科学)」が世に台頭する時が一刻も早く訪れることを切に願う。